Dona nobis pacem





 玄関を入っていくらも行かない所で義哉は床に転がっていた。

寮の自室に帰ってきた時点で気力が尽きてその場に崩れ落ちたまま
うとうととしていただけとは言え、今人が部屋に入ってきたらきっと
保険医を呼ばれるに違いない。そんな自分を自覚して義哉はフローリングに
うつ伏せになっていた身を起こすと、両手をつき膝でベットのそばまで歩いていく。
肩にかかったままだった鞄や握ったままだった旗をとりあえず下ろすと
義哉はベットに上がる気力もないのか頭だけを布団に沈めて再び目を閉じた。


雨の音がする。

外ではまだ雨が降り続いているようだ。雨の音に誘われたのかずいぶんと昔の
夢を見ていた気がする。

いや、あんなことがあった後だからかもしれない。
義哉は窓の方から足元の白と黒の弔旗へと視線を動かした。


 人の心のねじれ、もつれは簡単に解けるものではない。
今回の一件もそれを端的に表しているのだろう。
誰が正しいとか、間違っているとか、もはやそういった次元の話ではない。
その中で、果たして自分のしたことは正しいとは言わないまでも最良だったのだろうか。
義哉のまぶたに夕暮れの河川敷の風景が蘇ってくる。


 「…忌々しいな」

義哉は掛け布団を手繰り寄せると鼻先をそれにうずめた。

「結局俺は、祈っているばかりだ」

顔を伏せているせいで声がくぐもる。と、頬のあたりが突っ張る感覚を覚えて
彼はそこに手をやってみた。そう言えば頬が切れていたのだったか。
とうに血は止まっているし、そう深い傷でもない。犠牲者達やもちろん犯人も含む
他の生徒達が負ったものに比べれば、大したことではない。
だんだんと息が苦しくなってきて義哉はもう一度顔を横に向ける。


「…そして、結局祈ることしかできないのだな…」

 どれだけ祈っても届かない領域が存在するように、自分がどれだけ声を張り上げても
同じように届かない領域は確かに存在する。神も僥倖も、何も信じ祈ったりなどしないと
決めたはずなのに、彼は祈ること以外でそこに届く方法を知らない。
自嘲気味に苦笑をもらしつつ、それでも義哉は身体に染み付いた動作で両の手を組み
額に当てた。


傷付いた者には癒しを。
今は亡き者には安らぎを。
そして全ての兄弟姉妹に護りの手を。

どうか。 


 雨の音は、未だに止まない。









お疲れ様でした。何だか相変わらずテンションの低いプラテをお送りしました。
義哉は学園でおバカやってることが多いのでアクトやプラテでは非常に
テンションが低くなりがちです。深刻な場においては厳粛であるべきが信条です。

 ところで、この話は一応この前の昔話(『オラトリオ』)の続きのような感じでして、
これを読んでようやくオラトリオの冒頭の謎文の意味が分かるという何とも厄介な
構成になっていることに今気付きました(×)
そして相変わらず何が起きたか分からないから何を言ってるのか分からない!という
非常に不親切な出来となっております(×)
 かいつまんで説明しますとかつていじめにあっていた一人の生徒が異能力を手に入れ
自分をいじめていた生徒達に復讐するという事件に関わりまして犯人の子と
一戦交えたそんな一山の後という設定です。
 義哉にとっては殺された元加害者側の生徒達も兄弟、復讐を果たそうとした生徒も兄弟、
葛藤のしどころかなぁなどと思いつつ書かせて頂きました。

こちらもあまりに元タイトルがアホなので改題させて頂きました。
「我らに平和を与えよ」という意味のラテン語の格言です。






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