祝福の花冠−Garland− part.1






 「てらちゃん大丈夫?」

いつもの下校路で沙衿がそう尋ねてきた。
その言葉に苦笑を返すと、てらは痛む頬から手を離さず虚空に向かって文句を言った。

「ちくしょー、あいつは一体何なワケ?俺が何かしたか?」

「何か気に食わないことでもあったのかな?」

何やらわけを知っていそうな顔で小鳥が微笑む。
 忘れてしまうようなことが原因で、てらは今日学校で同級生と殴り合いのケンカをした。
それで今赤い頬を押さえていなければならないわけだ。

「給食の余りの牛乳争奪ジャンケンで後出ししたのを根に持っているとか…」

「いや、してないから」

本気か冗談かやけにまじめな顔でつぶやく沙衿のアート、琉凰に
裏手でツッコミをいれるとてらはきっ、と目つきを鋭くした。

「あいつぜってーこのままじゃ済まさねーぞ。ぎゃふんと言わせてやる!」

「てらちゃん結構根に持つタイプだもんね」

にっこりと微笑んで沙衿がてらの言葉に答える。
止めないのか、という琉凰のささやかな疑問は春の風に舞った。



***



 家に帰って鞄を置くが早いか、てらは近所の神社に遊びに出かけた。
敷地内にブランコやすべり台というちょっとした遊具を置いている神社で
てらも今日ケンカした同級生もそこでよく遊んでいた。
 同級生はすべり台が好きで、いつも学校の帰り道遊んでいっていたな、と
てらはすべり台の上でぼんやりと考えていた。
その瞬間、てらの頭にある考えが浮かんだ。無論、悪い考えだが。

(そうだ、あいつの通る所に落とし穴掘ってやれ♪)

いつも遊んでいるすべり台の下ならあいつも必ず通る。
奴をぎゃふんと言わせるチャンスだ。
急に活気付いたてらはすぐさますべり台から降りて、落とし穴を掘るべく
シャベルを探しに駆け出した。


 数十分後、すべり台のハシゴの下に(自称)完璧なまでの
ブービートラップを仕掛け終えるとてらはその出来に思わずほくそ笑んだ。

「見ろ!世界でも五本の指に入る落とし穴だ!」

誰にともなくてらは自分の落とし穴を誉めそやした。
五本の指を競うほど世界に落とし穴があるかははなはだ疑問だが。

「ふっ、この勝負(?)俺がイタダキだな!」

子供というのはいつもどこからかこういう言葉を覚えてくるものだ。
自信満々にそう宣言するとてらは社の下に身を隠した。
あとはこうして標的の到着を待つばかりだ。
これで標的がもう帰った後だったらかなりカッコ悪い。
そんなことにも気付かずにてらが興奮に震えていたその時、

 「何をしておるんじゃ!」

突然飛んできた怒号にてらは肩を跳ねさせた。宮司に見つかったのだろうか。
てらは辺りを見回すが、人影はない。

「…?俺にじゃなかったのか?」

「いいや、おぬしにじゃ」

てらのつぶやきに答える先ほどと同じ声。と、にわかにてらはのど元が何かに
締め付けられるのを感じた。不思議に思って首元に目をやってみると、

 「な、何だよこれ?!」

そこにはいかつい黒革の首輪が巻き付いていた。
良くは見えないが、犬がつけているようなアレだ。
てらは首輪に手をかけると必死にそれを外そうとする。

「ああこら、手荒に扱うでない!」

「うわ、しゃべった!うわー!うわー!」

声の正体を認識して、急に気味が悪くなったてらは叫びながら思わず立ち上がった。
が、そこは普通のそれよりはずっと高さがあるものの縁の下だ。
はたから見ていて気持ち良いくらいにてらは頭を天井(社の床だが)に打ちつけた。

「いって〜…」

「何をしておるんじゃおぬしは…」

へたへたと座り込むてらを見て呆れた様子で首輪はため息をつく。

「うっせ!お前こそ何なんだよ!俺は犬じゃないぞ!
つか何で首輪がしゃべってんだよ!おかしいだろ!ひじょーしきだ!」

「落とし穴なんて古典的な方法で人を陥れようとしておる上に
大声で独り言言っておった奴におかしいとか言われたくないのう」

「ほっとけ!大体お前…―――」

てらと首輪は社の下、大声で言い合いを始めた。
だが、てらが何かに気付いてそれはすぐに中断となった。

 「奴だ!」

どうやら先に帰ってはいなかったらしい。
てら達と同じ下校路を通って標的が現れた。
このまま行けば確実に彼は罠にはまる。てらは瞳を輝かせた。

「バカもん、何て奴じゃ!今すぐ彼を止めんか!」

「ははん、何言ってんだお前。バカ言っちゃいけないよ」

こんなに騒いでいるてら達に気付かないだけでも不思議なくらいだが、
更に不思議なことに同級生は何かに引き付けられているかのように
まっすぐてらの仕掛けた罠の方に向かっていく。

 「ええい、実力行使じゃ!」

その時ついに首輪がキレた。
どこから出てくるのか分からないが、すごい力でてらの首を前に引っ張る。
てらは前のめりになって転びそうになりながら社の下から這い出した。
 しかし首輪はそれでもまだてらを引く力を緩めようとしない。
間違いなく同級生との衝突を狙っている。脳裏をよぎった予感にてらは顔を蒼くした。

「ちょっ、待て…っ!」

制止も空しくてらは同級生を突き飛ばす形で彼とぶつかった。
自ら仕掛けた落とし穴に片足を突っ込みながら。
自分で掘ったものながら深さも口の広さちょうどいい。
まさに世界でも五本の指に入る落とし穴だ。
胸中で言う冗談も虚しかった。


 「……あっぶねえだろーがっ!!」

ワンテンポ遅れてやってきた怒りに任せててらが首輪に向けて怒鳴ると、
不意にきょとんとした顔の同級生と目が合った。
よほどてらが凄まじい形相で見つめていたのだろうか。
同級生はみるみるうちに顔を恐れに歪ませる。

「…う…うわぁぁぁぁんっ!」

と、次の瞬間恥ずかしげもなく大声を上げて同級生は逃げ出した。
脱兎というのはああいうののことを言うのだろう。てらは何となくそう感じた。


 「…何逃げちゃってんの?ヤな感じ。助けてやったのにさ」

「あれは助けたとは言わん。それより、早く穴から足を抜いたらどうなんじゃ?」

右足が落とし穴にはまったまま腕組みして毒づくてらに首輪が冷静なツッコミを入れると
てらは顔をしかめて首輪を掴んだ。

「うっせ!誰のせいで落ちたと思ってんだ!
もー我慢ならねー。はい死刑ー」

幸か不幸か神社の裏は切り立った崖になっていた。
なかなかの高さがあるうえ、下には樹が茂っている。
ここに首輪を捨てれば恐らく二度と見つからないだろう。

「こら!やめんか!いいか、わしはおぬしの…」

ガーランドを外そうとしながらも崖の方に歩いていくてらに
首輪は何か言おうとするがてらの方は全く聞く耳を持とうとしない。
しかし首輪としてもこのままみすみす捨てられるわけにはいかない。
首輪は首輪なりの抵抗に出た。

「うーわ!暴れんなっての!」

「イヤじゃイヤじゃ!」

崖っぷちで首輪相手に取っ組み合いをするてらは
はたから見ればどれだけ怪しげだっただろうか。
しかし、これから起こることを知っていれば誰かに見られていた方が
良かったとてらは思っただろう。

 「…って…!!」

蛇か何かのように暴れる首輪を押さえ込もうとてらが奮闘していると、
にわかに右足首に痛みが走った。落とし穴に落ちた時に変にひねったのだろう。
足の痛みを軽減しようとてらは地面に膝をつく。が、そこには地面はなかった。
崖のふちでバランスを崩したてらは声を上げる間もなく
数十メートルはあろう高さから地面へ転げ落ちていった。



***



 「あ、大河兄」

道を歩いていると良く見知った少女に声をかけられてらの兄、大河は足を止めた。

「沙衿、それに小鳥も。どうした、こんなところで」

大河が見やった先にはてらの幼なじみ、自分にとっては弟妹のようなものである
沙衿と小鳥がいた。
連れ立って歩いていた二人に軽く手を振ると大河は二人の顔を見回す。

「ねえ大河兄、てらちゃん知らない?」

「てらを?」

そう言えば今日はうるさいのが一緒じゃないな、と胸中でつぶやきつつ
沙衿の問いに大河はオウム返しに聞き返した。
すると沙衿の隣から更に小鳥が言葉を付け足す。

「今家に行ったんだけど、おばさんがてらはもう遊びに行ったって」

てらは何かない限りは学校から帰るといつも沙衿や小鳥と一緒に遊びに出かけていた。
それが今日に限ってわざわざなんの断りもなく一人で遊びに出かけたのだろうか。

大河の胸に一抹の不安がよぎる。
てらがこういう妙な行動をとるのは大体良くないことをするときだ。
不安は嫌な予感となり、大きなため息となった。

「…きっとまたどこかで馬鹿なことでもしているのだろう。全く、仕様のない奴だな」

そう言い捨てた大河はその仕様のない奴が時を同じくして
首輪と乱闘しているとは知る由もない。
もっとも、それを知っても大河は仕様のない奴と呆れたことだろうが。

「家に戻って、兄さんと探してみることにする」

何かしでかす前に、と小声で付け足して大河は沙衿と小鳥にもう一度手を振り、
家に向かってやや歩調を速めた。






■Next■   ■Back■