祝福の花冠−Garland− part.2




 「…ってぇ……」

上体を起こすと髪からはらぱらと音を立てて砂と木の葉が落ちてきた。
空を見上げるとてらが落ちた地点が大分上に見える。
この距離を落ちて骨の一つも折れていないとは驚きだ。

「全く、わしがかばってやらんかったら死んでおったぞ」

ため息混じりに首輪はつぶやいた。
人間の体があったら胸に手をやっていることだろう。

「お前が暴れるからだろ?!…ってて…」

大声を出すとてらの足がずきずきと痛んだ。やはり無傷とはいかないようで
てらの右足は少しの動きにも耐えられないと言いたげに腫れあがっている。

「捻挫のようじゃの。マスター、立てるか?」

「ムリ!ぜってームリ!」

怪我をしたのは自分じゃないと思って無茶なことを言う。てらは思いっ切り首を横に振った。
と、それに遅れてふと気付く。

「…お前、今俺のことマスターって呼んだ?」

「ああ呼んだ。おぬしはわしのマスター、わしはおぬしのアートじゃからの」

地べたに座り込んだまましばらく何やら考え込んでいる素振りを見せた後
てらはああ、とわざとらしい仕草で手を叩く。

「お前はいわゆるアレだ。サエで言うところの、るおーだろ?」

幼なじみのアートを思い浮かべながらてらは首輪に尋ねる。
てらにはアートと言うと琉凰というイメージしかないので仕方ないと言えば仕方ないが
この例えではあまりに分かりにくい。

「…?んー、まあ、そういう感じかもしれんの」

サエとは、るおーとは誰か分からないまま首輪は適当に返事を返す。
だがてらにとってはそれで十分だったらしく、何度もうなずきながらやっぱりな、とつぶやいた。

「お前、名前は?」

視線をできるだけ下の方にやりながらてらは尋ねる。
すると、返ってきたのは意外な答えだった。

「マスターと同じ名じゃよ」

「天野てら?」

首輪と同姓同名か、とてらは少し複雑な心境になった。
嫌とか嫌じゃないとかそういうのではなく。しかし、正直に言えば良い気分はしなかった。
しかしそれはどうやら違うらしく、首輪はやんわりとてらの言葉を否定した。

「それは声に出して呼ぶための名前じゃ。
わしが言っておるのはおぬしとわしの"本当の名前"じゃよ」

「じゃあ、その名前は何てゆーんだ?」

てらは多くの家族に囲まれて育ってきたが、生まれてこのかた
自分の名前の他に"本当の名前"があるなんて話は聞いたことがなかった。
誰にでもあるものなのだろうか、もしそうでないとしたら、すごいことなのかもしれない。
てらは興味津々といった様子で首輪の答えを待つ。

「ううむ、口で言うのは難しいのう…。
色の"青"に、瞬間接着剤の"瞬"に、天狗の"狗"という字じゃ」

青は何とか分かったが、あとの二文字はどういう字か分からない。てらは小首をかしげる。

「…それで何て読むんだ?」

「音はない。じゃから発音はできん。それじゃから"呼ぶための名前"が付いておるんじゃろ」

「じゃあ、その"呼ぶための名前"は何てゆーんだ?」

話が全く要領を得ないのに嫌気がさしてきたが、てらはまた尋ねた。
すると、首輪の答えはごくあっさりしたもので、

「ない」

の一言だった。
最初からそう言えという気がしないでもないが、てらはその思いを腹に収めた。

「ふーん。じゃあお前どっから来たんだ?」

「分からん。どこか遠い所からじゃろ」

「…お前キオクソーシツなワケ?」

どこからか覚えてきた言葉を使ってみるが、その可能性も首輪によってあっさり否定された。

 「結局のところ…―――」

てらが何か言いかけたとき、強い風が吹いて辺りの木々がざわざわと音を立てた。
見回してみればいつの間にかあたりは大分暗くなっていて、十数メートル先はもう闇の中だ。
てらは急に恐怖に駆られ、身震いした。

「何じゃ、臆病じゃの」

「うっさい!こーゆーの苦手なんだよ!」

人ならぬ何かが闇に潜んでいないか心配らしく、やたらと背後を気にするてらとは反対に
首輪はゆったりと構えている。

「どーしよ…誰かが見つけてくんないと家に帰れないぞ…」

胸に一度不安が生まれるとそれは凄まじい勢いで心を埋めつくしていく。
てらは嫌な想像を振り払うように首を振ると、泣き出しそうな自分を叱咤激励した。

「や、やめよう!暗い方向に考えんのは!
よ、よし、歌だ!歌うたおう!気分が明るくなるからな!」

「わしもおるんじゃから一人で話を完結させんで欲しいのお…」

少し寂しげな首輪はさておき、てらはわずかに震える声で鼻歌をうたい始めた。



 「んーふーふーん♪ ふふふーふーん♪」

暗闇の中てらは歌声をひねり出していく。
下手なわけではないが、恐怖のせいか時々声が裏返っている。

「何という曲じゃ?」

首輪の問いに、てらは少し表情を緩める。

「組曲<ガーランド>。俺が作曲した曲だ」

感心したようにほう、と声を上げる首輪。
その時、何を思ったかてらが急に大声を出した。

「そうだ!お前名前がないって言ってたよな?
じゃあお前の名前ガーランドにしろ!」

「ガーランド…?」

ずい分唐突だなと思いながらも首輪は驚いた声音で繰り返す。
もし首輪に顔があればさぞきょとんとした顔をしていることだろう。

「…というと、大学衛星に行った金髪の美女…?」

「それはガートランドだ」

首輪のマニアックなボケにびしっとツッコミを入れるてら。
元ネタが分かっているあたりどっちもどっちだ。

「勝った人が頭に乗せる花輪のこと。祝福の花冠って言うんだっけ?アレのことだ。
首輪と花輪の違いはあるけど、縁起が良くていいだろ」

「ガーランド…それがわしの"呼ぶための名前"か?」

「そ!お前はこれからガーランドだ」

てらはそう言って少し首をかしげると満面の笑みを浮かべる。
すると首輪、ガーランドは今与えられたばかりの自分の名前を
反芻するように何度かつぶやいた。

「ガーランド…悪くないのぉ、マスター」

「マスターじゃねーよ。俺には天野てらっていう名前があんの。
だからお前もてらって呼べ」

子供ではあっても何となく分かる。相手をマスターと呼ぶのは主従関係だと。
そして、その関係は少なくとも自分とガーランドの間には当てはまらないということも。

「…てら、でよいのか?」

「いーよ。ほら、そっちの方が自然じゃん」

少し遠慮がちにてらの名を呼ぶガーランド。改めて自分の名を呼ばれるのも
それなりに気恥ずかしいが、マスターと呼ばれるよりは気が楽だ。
てらとガーランドは照れ隠しに二人してくすくすと笑い合った。

 と、その時てらの頭上からぱらぱらと砂が落ちてきた。
驚いて見上げてみると、上空に明かりが見える。

「てらー?!」

てらの上の兄、朝の声がてらを呼んだ。続いて下の兄、大河の
探す気があるんだかないんだか分からないくらい低いトーンの声も聞こえてくる。

「いるなら返事をしろ」

二人ともてらを探して神社までやってきたようだ。
崖の上で懐中電灯の光がふらふらと揺れる。
助かる。そう思いてらは力の限り叫んだ。

「朝ーっ!兄なーっ!こっちー!!」

いつも周囲にうるさいと言われている生まれついての大声も
こういうところでは役に立つ。
二人はすぐにてらの声に気付いたようだ。

「兄さん、下から声が」

「ああー?お前何でそんなとこにいんだー?!」

「落ちたのー!足痛いのー!動けないの――!!」

「マジかよ!だっせー!!」

懐中電灯の光でてらを探しながら朝が尋ねると暗闇の中から返事が返ってくる。
それに思わず吹き出すと朝は容赦ない言葉を崖の下に向かって言い放つ。
一般的に考えればひどい兄だが、天野家では割と普通の光景だった。
しかし今はそんなことをしている場合か、と大河が半眼で見つめているのに気付き
朝は慌てて肩を小さく竦めてみせる。

「だとさ」

「あちらに確か下に降りるための階段があったはずだ」

朝の言葉を聞いているのかいないのか、大河はさっさと崖に沿って歩いて行ってしまう。



***



 「…ったく、手間かけさせんなコラ」

再び崖の上まで帰ってきたところで朝は背中にしがみ付いているてらに
吐き捨てるようにそう言った。
てらをおぶって階段づたいに崖の上まで昇った朝は、流石に疲れた様子で
大きなため息を一つつくとてらを背負い直す。

「しょーがないじゃーん。ガーランドが暴れるんだもん」

落ちないよう朝にしっかりとつかまりながらてらは頬を膨らませて反論する。
すると当然のごとく朝と大河は顔を見合わせ、てらに尋ねた。

「ガーランド?何だそれは」

「どーゆー電波きてんだよお前は」

ずい分な言い様だなと半眼で二人をねめつけるてら。
しかしすぐに気を取り直し左手を自分の胸の辺りに当て自らを指してみせる。

「ふふーん、聞いて驚け!ガーランドっつーのはなぁ…―――」

「てらのアートじゃよ。朝とやらと、兄なとやら」

てらの言葉の後を継いでガーランドが二人に話しかけると、
朝も大河も同じように辺りを見回す。
二人しにしてみれば暗闇の中で突然老人の声がしたのだから気味が悪いのだろう。

「この首輪だよ。こいつの名前がガーランドなの」

そう言っててらは自分の首に巻き付いているアートを差す。
てらを背負っている朝にはその姿は見えないが、大河はガーランドを見上げて
顔に当惑の色をありありと浮かべている。

「そ、そうか…」

「これから少々厄介になるがよろしく頼むのぉ、二人とも」

「まあ、家族がもう一人増えたみたいなもんだと思って!」

未だに状況を飲み込めないでいる朝と大河だが、気にしていない様子で
てらもガーランドも話を進めている。
朝と大河はもう一度顔を見合わせると息の合った動きで肩をすくめてみせた。









 お疲れさまでした。
てらとガーランドの出会いのプラテをお送りいたしました。
構想を練っている時はそれほど内容はなかったはずなのですが、
書き始めてみたら何だかえらい長くなってしまいました。
 まずはPCさん達の登場を快く受けて下さいました
月篠沙衿さん・多岐川小鳥くんパッセの蛍さま、ありがとうございました!
実際どんな幼少時代を過ごしていたのでしょうね、あの三人は(笑)

例によってアートや真名に関するウソがたくさん含まれております。
要注意です(何) 私的にはこういう解釈をしているのですが…。
正確なところは畑守テラーにお聞き下さいませv

 とにもかくにも、こんな出会いでした(何)
一応てらが7歳というつもりで書いていたのですが…妙に口が達者だったり
舌っ足らずだったり怪しいものですな。七歳って難しいですね。
上の兄の方が天野(とも)と申しまして齢15、パンピーです。 下の兄は割愛(笑)
二人の間にもう一人姉がいたりします。
脳内設定が張り出してきておりますので補足でした。

 相変わらず中途半端なテンションでお送りいたしましたが
ここまで読んでくださった方、どうもありがとうございましたv






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