ホトトギスの声がした。
上着を着て歩けばうっすら汗が滲む季節になったのだと改めて思い知る。
霊園の入り口から伸びる長い灰色の石階段を上りながら、その声を探して
男はふと後ろを振り返った。


『Road』


 緑の匂いをたっぷりと含んだ爽やかな風が吹き抜ける。さらさらと鳴る背後の大木を
僕は背中を反らせて見上げた。平日昼間の霊園は人の姿もまばらで、
穏やかな静けさがあたり一帯を支配している。
それとは反対に、僕の心はざわざわとどこか落ち着きがなかった。
やはり帰ろうかと考えては抱えた包みを見下ろして思い止まる、先ほどからそれの繰り返しだ。

何度目かの「帰ろうか」のサイクルに入ったところで、階段の下からひょっこりと
誰かが現われる。瞬間、ざわざわとした感覚が背中を走った。

「三祇郎……か?」

こちらを見つけそう問いかけてきた喪服姿の男の人に向けた視線を何故だか逸らすことができず、
自分は恐らく瞬きも忘れていたのではないだろうか。

「……はい」

何を、どんな風に答えたものか迷いながら、結局口から出たのはそれだけだった。
自分がひどく情けない顔をしているのではないかと思って僕はようやく
目を伏せるようにつ、と視線を下げた。

「久しぶり、ずいぶん背が伸びたな」

「クラスでは、そんなに大きい方じゃないんだけどね。えっと……父さんは、少し白髪が増えた?」

一言、そう呼ぶだけなのに緊張が胸を叩く。
僕が何気ない風で返しながら少しぎこちなく口の端を持ち上げてみせると
男の人、僕の父は昔から若白髪のあった髪を照れくさそうに撫で付ける。
心の中で付け加えるなら、少し恰幅も良くなったようだ。


 父と母は僕が11歳の頃に離婚した。僕も妹の七神も母について行くことになり、
名字が母の旧姓に変わった。それから一度も会っていないのだから実に6年ぶりになるだろう。
僕の場合に限れば、決して会いたいとも思っていなかった、というのも理由の一つだ。
父と母の間にどんな話し合いや取り決めがあったのかは知らないが、僕達三人を放り出して
いなくなってしまった父を子供心にも無責任で勝手だと思っていた。
父がいなくても母や七神は自分が守るのだと、気負っていたのも事実だ。


 「あの……ありがとう、七神の遺品を置かせてくれて」

二年前、母達が亡くなって僕が銀誓館学園に入学した時も、家をほとんど放り出して
きてしまったので父とは会っていない。どうやら誰も僕の動向を知らせていなかったようで、
七神の遺品が出てきたので父の家の墓に入れさせて欲しい、と僕が送った手紙の返事からは
父の驚きが感じ取れるようだった。

「いいんだよ。父さんの子供じゃないか、七神も三祇郎も」

まぶたのあたりが何となく痺れる。
僕は抱えていた小さな包みを開くと、中から七神が気に入っていた人形と
白い粉の入った小さな瓶を取り出す。

「それは?」

「一度みんなで海に行った時に砂を持って帰ってきたんだ。大切にしてたみたい」

さらりと答えたが、実際に僕達が海に行ったことはないし、瓶の中身も砂ではない。
瓶に入っているのは、家が襲われた時ゴーストになってしまった七神の灰だが、
それは決して伝えるべきことではない。誰のためにも、何のためにも。
自分の魔炎が、七神を焼き尽くした後に残った灰。
その息苦しさから逃れるようについたため息を、父は別の感慨を持って受け取ったらしい。
そうか、と答えたきり霊園には風とホトトギスの声だけが響いている。


 稲浪家と彫られた灰色の墓石に手を合わせると、僕と父は揃って来た道を戻り始めた。
あまり七神と父の話をしたことはなかったが、七神は記憶の中におぼろげに残る父に
会ってみたいと思っていたようだ。こうしたことを喜んでくれるだろうか。
センチメンタルになっている僕に、父は恐る恐る声をかけてきた。

「……学校には行っているのか?」

「あ、うん、鎌倉にある高校に。銀誓館学園っていって、僕みたいな経歴の生徒に
奨学金を出してくれる学校なんだ。住む所も、今は学校の寮に住んでる」


 「成績は特別良いわけじゃないけど勉強は楽しいよ。
先輩のお菓子屋さんでバイトもしてるし、生徒同士の集まりにも顔を出してる。
みんないい人だよ。毎日楽しい」

まくし立てるように、何かを恐れるように言葉を紡ぐ僕の視線は少し先の地面に注がれたままだ。

「三祇郎」

足を止めて振り返ると父の神妙な面持ちもまたこちらに向けられている。
もっと強く風が吹けばいいのに。僕はそう思った。

「父さんの所で一緒に暮らしてもいいんだぞ」

その言葉に、僕はしばらく何も言えなかった。どこかへバラバラに流れそうになる心を
引き止め、すくい上げる。これが困惑なのだと、どこか他人事のように感じられた。

「……母さんには、そういう気持ちは持てなかった?」

「……」

「あ、いや、責めてるわけじゃ、なくて……」

あれだけ会うのを避けていた父にどうして今更会う気になったのか。
父に理解が示せるだけ僕が大人になったというわけではきっとないだろう。
ただ、ここに至ってようやく僕には父と母が別れたわけが、そして二人の気持ちが
理解できた気がしたのだ。

「僕は父さんの息子だ。でも、半分は母さんの息子なんだよ」

母が能力者であることを僕が何となく感じ取っていたように、父も恐らく母が
普通の人間ではないことをほのかに感じ取っていたのだと思う。
母もそれを知って、去って行く父を止めようとはしなかったのだろう。

真意の全てを赤い双眸に乗せて、僕はそれを真っ直ぐ父に注いだ。


 「……父さんは?今はどうしてる?毎日楽しい?」

再び歩き始めながら僕が問うと、父は少し戸惑うように首筋をかきながら首を縦に振った。

「ああ、旦那さんを亡くしたっていう人と再婚して、前の旦那さんとの息子と
再婚してから生まれた娘が一人、の四人家族だ。上の子はちょうど三祇郎と同い年だな。
みんな楽しくやってる」

「そっか、それなら良かった」


ゆっくりうなずいている僕に父はもう一度三祇郎、と呼びかけてくる。言葉の間の沈黙が
やけに長く感じられる。

「……ごめんな」

また、まぶたのあたりが痺れる。
眩しいのだろうか、顔をしかめて父は一言そう言った。


 6年ぶりではない、父と母が別れた後、たった一度だけ父に会ったことがあったと
僕はその時ようやく思い出した。離婚から1年ほど経った頃、僕が学校から帰る途中に
父が門の側で待っていたことがあった。
しゃがみ込み、僕の肩に手を置いて、その時も父はごめんな、と言った。
その時の僕にはその意味が分からず、何も言えないままその場から走り去った覚えがある。
しかし、今ならその言葉の意味が分かる気がした。

きっと父は、その言葉を母にこそ伝えたかったのだろう。

「……いいんだよ」

初夏の霊園をわたる風に乗るように、僕の言葉が父に届く。
僕の笑った顔が母に似ていると、父はよく言っていた。
その時僕が見せた顔は、きっと母に似ていたはずだ。








そんなわけで鈴鹿三祇郎物語後日談でした。
これで三祇郎の身の上にとって全ての後始末がついた感じでしょうか。
父の日に合わせて書いたものなので初めて父と心が通った時のプラリアです。
人と人との関わりって難しいですね。どうにもならないことも多いです。

 今までどおり三祇郎は何とか自分でやりくりしながら生きていく
つもりなのだと思います。何かあると面倒を見てくれる伯父さん一家の所に
たまに遊びに行ったりしながらも、心構えは一人の大人として、
ずいぶん幼い大人ですが、とにもかくにも生きていくつもりなのだろうと思います。

 ちなみにタイトルはドラマ『眠れる森』のサントラの一曲より。
雰囲気が合っていたので。このドラマ観たことはないのですが…。