Star Line's Standard





人が、見ている。
どこへ行っても、いたる所から自分を、そして自分の中にいるもう一人の自分を見ている。
好奇、敬遠、羨望、様々な思いを囁きあっている人々のその視線はどこまでも
しつこく大河を追ってくる。

「ねえあれ…アートだよ…」
「アートって、すごい力なんでしょ?」
「普通の人に見えるのにね。違うんだ」

どこからともなく鐘のように響いてくる人の声。
大河がいたたまれずに両手で耳をふさいでも、その声は小さくなるどころか
ますます大きくなる。

「違う……!」

頭の中を駆け巡る人々の声を振り払いたくて大河は思わず語調を強めた。

「俺は………!」


目を開くと最近ようやく見慣れてきた寮の天井が視界に広がっていた。
そしてその一部を切り取るように陣取っているのは弟、てらの姿。

「どしたの、大丈夫?顔色悪いよ?」

てらにそう言われ体を起こすと、確かに軽いめまいがするし、
全身に嫌な汗をかいている。大河は額の汗をぬぐいながら重いため息をついた。

「……嫌な夢を見た」
「そんな所で寝るからだよー。なに、どんな夢見たの?」

大河が寝ていたのは寮の部屋に備え付けてある小さなローテーブルの下。
てらの宿題に付き合わされている間にどうやら寝てしまったらしい。
茶化すように笑っているてらとは対称的に、大河は力なくテーブルに突っ伏す。

「…人が見ているのだ。俺と、シノープルをまるで珍獣でも見るような目でな。
そいつらは俺がどこへ行っても、どう逃れようとしてもどこまでも追ってきて、
俺達を見て囁きあい笑いあっている…そういう夢だ」

忘れもしない。
こうしていても鮮明に浮かび上がってくる悪夢の輪郭をたどりながら大河は目を伏せた。
大河のその様子がもう一度眠りについてしまいそうに見えたのか、
てらは大河の頭をシャーペンのノック部分で軽くつつきながら答える。

「疲れてんじゃないの?兄な」
「かも知れん」

てらのシャーペンを手で払うと大河は顔を上げた。

「てら、お前はアートが目覚めたときアートを…アートの力をどう思った?」

てらにしてみれば全く意外な質問だった。
アートが目覚めたとき、と一言で言ってもてらのアート、ガーランドが目覚めたのは
今からほぼ10年前。てらがまだかけ算も覚えていなかった頃だ。
そのときの事を思い出せと言われても難しい。てらは眉根を寄せて首をかしげた。

「えー?ガキの頃だったし、別にどーも思わなかったけど。
アート自体どんなもんかもよく分かってなかったし」

何とも参考にならない返事だがそれも無理もないか、と大河は緩慢な動作で
体を起こして今度は壁に背中をもたれる。

「兄なは?」
「ん?」

そのまま天井を見上げてぼんやりしていた大河にてらは尋ねた。
自分に聞いたからには大河にも何か思いがあるのだろうと思ったのだが、
意外にも大河は首をひねる。

「…あまりはっきりとは覚えていないな」
何だそりゃ。てらが言おうとするが大河はただ、と言葉を付けたしそれを遮る。


「怖い、と。そう思った」
「怖い?」

てらが言葉を繰り返す。それに静かにうなずきながら大河は自らのアート
シノープルが目覚めたときのことに思いを馳せた。

風見ヶ原学園に転校する前、大河の通っていた高校で
他校の生徒との間に問題が起きた。
その問題は他校生が大河の学校に乗り込んできてのケンカになったのだが、
それに大河は不本意ながら巻き込まれることとなった。
自分に向けて振りかざされた鉄パイプ。既に避けることは不可能なそれを
何とか防ごうと大河が腕で自らの顔をかばったときだった。
大河の身にあったのは軽い頭痛、それだけだった。
気が付けば他校生達は何メートルも先に吹き飛び、つい先ほどまでとは姿を変えた
自分に恐怖の眼差しを向けていた。

「…自分の身を守るためとは言え、あの時俺は一般人に対してアートの力を行使した」

そんなことが再び起こらないとは言えない。
そして、次も相手の命を奪わないという保証も、同様にない。
大河と周囲の人間が感じたその恐ろしさに追い立てられるように、
逃げるように大河は風見ヶ原にやってきたのだ。

立てた自分のひざの上に両手と頭を重ねながら大河は言葉を続ける。

「恐ろしかった…人をも殺せるアートの力が。その力が自分の手中にあることが」
「…………………」

てらは押し黙ったまま大河の言葉に相づちも打たない。
微動だにせず目の前の兄に目を見張っている。

「それでも…俺がアート使いでも、俺は普通の人間だと…そう思っていた。
しかし、周りにとってみればそうではない。
思えば、俺はそれが一番恐ろしかったのかも知れん」

そこまで聞いて、てらはようやく大河の感じていることを理解した。
大河は十数年の間、自らを『普通の人間』だと信じて生きてきたのだ。

普通の人々に囲まれ、普通の生活をしていた。
てらでさえもシノープルが目覚めるまで大河がアート使いだなどと
考えたこともなかった。どこにでもいる、ごく普通の少年。
誰もが大河のことをそう思っていただろう。
それなのに突然自分が『普通の人間』ではないという事実を突きつけられ、
本人がそれを認知するより早く周囲から拒絶され、大河の手に残ったのは
扱いも分からない人並み外れた能力のみだ。
その戸惑い、混乱は早い段階でアートが目覚めたてらには
理解しようとしてもできない。大河が先ほど話していた夢で見たような、
自分には想像もつかない苦痛を彼は味わってきたのだ。
それでも、てらにはひとつだけ分かることがある。

「……最初のとこ、ちょっと間違ってる。
アート使いはどこまでいってもアート使いだよ。
どれだけ自分で否定してもそれは変わらない。
普通の人間じゃないんだよ、兄なも…俺も」

はっきりとしたてらの言葉に、大河は針でも刺されたように少し顔をしかめる。
しかしてらは気にせず言葉を続けた。

「でも、兄なの一般人の友達は、
兄なが『普通の人間』だから友達だったわけじゃないだろ?
兄なが『天野大河』だから友達だったんだ」

昂ってきた感情に後押しされて徐々に強くなってくる語調を必死に抑えるため
てらはそこで言葉を切り、長めのため息をついて立ち上がる。

「一般人だろうとアート使いだろうと、兄なは兄なだろ?
そこさえ変わらなければ、兄なが何であろうと関係ない…
…少なくとも、そう思ってくれる人はいるよ。分かってんでしょ?」

そう言っててらが大河の机の上から取り上げたのは封を切られた真っ白な封筒。
それを見るなり大河は目に見えて動揺した。

「んな!お前…見たのか、それ!」

慌てて立ち上がりてらから封筒を奪い返そうとする大河。
だが軽くかわされてしまい彼の手は空を掻いただけだった。

「見てないよ。差出人だけしか」
「差出人だけでも駄目だ!というか、人の机の上にあるものを勝手に見るな!」

今度こそ、と手を伸ばし封筒を取り返すと大河は紅潮した顔で怒鳴った。

 封筒の裏に書かれているのは大河の前の高校での同級生の住所と名前。
今でも頻繁に手紙を交わしている相手だ。封筒の中身を確認し、
安堵のため息をつく大河を見ててらは苦笑をこぼす。

「ほらね、兄なが何であっても、平気だって人いるじゃん。
一般人の友達は一般人、なんて誰も決めてないよ。
自分がアート使いだってことで気後れしてるの、兄なの方なんじゃない?」

てらの言葉に痛いところをつかれ、またしても小さく顔をしかめる大河。
しかしその顔はすぐに苦笑とも自嘲の笑みともつかぬ表情に変わる。

「…かも知れん」

そう言って手にした手紙を上着の胸ポケットにしまうと
大河はしばし瞑目したのちに眼差しをきっ、と鋭くした。

「…決めた。俺は一刻も早くシノープルの力を使いこなせるようになる。
そして、一般人の中でも問題なく生活してゆけるアート使いになってみせる。
そうした方が、結局俺にとってもシノープルにとっても幸せなのだと思うから」

その目、はっきりとした口調にもはや迷いや気後れは感じられない。

今のままの自分では越えられぬ線があるのなら、その線を無効にできる自分になろう。

大河の顔には決意が満ちていた。

「二の足を踏んでいる場合ではない。
俺は逃げるためではなく変わるために風見ヶ原(ここ)にきたのだ」

そしていつかの日か…―――。

大河は胸ポケットの上に手を当て薄く微笑んだ。
その表情をてらは興味津々、という様子で覗き込んでくる。

「その手紙の人、男?女?」

字面からは判断がつかなかったのか、明らかに後者の方を期待している様子で
尋ねるてら。
しかし、大河はシノープルよろしくくすりと笑うと

「教えてやらん」

とだけ言っててらをローテ−ブルの方へと押し戻す。

「えー?教えてよー!気になるじゃん!!」
「そんなことよりも早く宿題をやってしまえ。手伝ってやらんぞ」

強引に宿題の前に座らせられ、てらは渋々再びシャーペンを手に取った。
問題と格闘する弟を腕組みしながら見守る大河は、ふと窓の外に目をやった。

(…その日まで待っていてくれ。俺の、無二の親友…)

遠い空の彼方に向けたその言葉に、風に揺れた木立が応えたような気がした。








お疲れ様でした。しじみ発テンション低いプラテをお送りいたしました(謎)
今回は大河の話です。
彼の話を書くと十中八九テンションの低いものになります。
というか話の中で問題になっているアートが覚醒したときの話がないので
いまいち何の話か分からないかもしれませんねぇ(汗)
そちらの話も書きたいのですが更にテンションが低いので…(笑)
でもいつかは…!
そして大河のギャグプラテもいつかは…!(笑)

 ちなみに、話ごとに行間の開き方に目に見えて違いがあるのは
書いているソフトと気分の違いです(何)
ワードで書くと行が詰まっていて、メモ帳で書くと開いています。
このあたりも統一した方がいいですかねぇ…(聞くな)

 何はともあれ、ここまで読んでくださってありがとうございました!





   




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