空へゆくあなたへ





 己さえ気付かない内にアンチェインとして生まれ、
数奇な運命の下その力に目覚めたアルディが祖国を守るために
飛竜騎士団に入ったのはほんの1、2年前のこと。
出会った頃はまだ両手で持ち上げられるほどだった愛竜ラスタバンも
いつの間にやらアルディを乗せて戦地の空を飛び回るには十分になっていた。
成長したのはアルディも同じことで、ペンを手に勉強していた頃とは
比べ物にならないくらい体も丈夫になったし、未だ果たせていない
戦争の勝利という夢のために伸ばし続けている髪もずい分と長くなった。

 そしてそれに伴って、運命の時も近付きつつあった。



 同盟国側の巨大要塞、スターネストの廊下で手にした休暇届の書類に
目を落としてアルディはこれで何度目か知れない重いため息をついた。

「アルディ様、どうかなさいましたか?具合が悪いのですか?」

するとその様を見かねたのか、その場を通りかかった様子の
戦乙女、ラゼンシアが控えめにアルディの顔を覗き込んだ。
そこにきてようやく自分の目の前にいる花嫁姿の少女に気付いたアルディは
慌てて顔を上げ、書類を持ったままの右手をばたばたと左右に振る。

「ら、ラゼンシア様!いえ、何でもないでございますよ!」

アルディの返事に不思議そうな顔をしながらもそうですか、と答えるラゼンシア。
と、彼女はアルディの持った書類に目を止める。

「そちらは休暇届…ですか?」

ラゼンシアが見つめている書類にアルディも目をやると、短く答えてから
それをラゼンシアに見せる。

「はい、しばらくの間は故郷に戻ることもままなりそうにありませんので
今のうちに挨拶をしておこうと思いまして」

サインがされた簡単な書面を読むでもなく眺めるでもなくという感じに見ながら
アルディは少し照れくさそうに語る。
すると胸のあたりで両の手を組みラゼンシアは少し視線を落とす。

「…また…大きな戦いになりそうですものね…」

そうなれば同盟帝国問わず多くの命が消え、多くの血が流れることになるだろう。
アルディですら良い気分のしないものを、人々の命を救わんと日々尽力している
戦乙女にはどれだけ辛いことだろう。そう思うとアルディの視線も
知らず知らずのうちに床の方を向いていた。



「ですが、そういう時だからこそ一層ご家族と過ごす時間が大切なものになります」

そう言って気丈に微笑んでみせたラゼンシアにつられるように
アルディも表情を緩めるとゆっくりと首を縦に振る。


 「…ではアルディ様、道中お気を付けて。良い御休暇を」

話が一段落付いたところで上品な仕草で手を振ると
ラゼンシアは白い服をなびかせて向かっていた方向へ再び歩き出す。
その動きを目で追いつつ、それにすっかり気を取られていたことに気付いたアルディは
ラゼンシアの言葉に少し遅れてから手を振り返し、彼女の背中に声をかける。

「ありがとうございます、御機嫌よう!」

それからアルディはずっと手にしていた書類をたたみポケットにしまうと
竜舎に向かって歩き始めた。



 竜舎の中では何十何百という竜達に紛れてアルディの竜ラスタバンが
静かにアルディの到着を待っていた。

「お待たせラスタバン。さ、行こうか」

そう言ってアルディが手綱を持った手をラスタバンの方へ伸ばすと
ラスタバンも慣れた様子でアルディの方へ頭を下げる。
手早く手綱を繋げてからラスタバンの頭を撫でるとアルディはラスタバンを
乗降場まで先導し、ラスタバンの背に飛び乗った。
少し前まではこれだけの作業にも四苦八苦していたというのに
人は変わるものだな、とアルディは自らのことながら笑いを漏らす。



 アルディの故郷がハイフレイムの片田舎だとは言え、飛竜に乗れば
そう時間がかかる場所ではない。アルディは天を振り仰ぎ
頬を撫でていく風を感じると、不意にもう一度重いため息をついた。
その様子を気にしたのか、ラスタバンは喉を鳴らすような低い鳴き声を上げる。

「ん?いや、別にどこか悪いわけじゃないよ」

ラスタバンにまで心配されてしまい、何とも申し訳なさそうに苦笑すると
アルディは感謝の意味を込めてラスタバンの頭を軽く叩く。
それから目を伏せると少し躊躇しながらも言葉の先を紡ぐ。

「ただ…少し気が進まないんだ。家に帰るの」

秋空のように深い青のスカーフに顎をうずめると耳元で騒ぐ風鳴りの音が
少しだけ小さくなる。


「父様や母様や、町の皆様には会いたい。だけど…そうしたら何かが揺らぎそうな気がして」



「…おかしなものだね。覚悟なんて、とっくにできてるつもりだったのに」

そう言って自嘲気味に笑うとアルディは手綱を引いて
見えてきた自分の故郷に向かって緩やかな角度で下降を始めた。



***


 故郷は以前帰った時とそう変わったところあるわけではなかった。
中でもアルディの家は、アルディがほんの子供だった頃からほとんど何も変わっていない。
家の中も、両親の姿さえも。
共にハーフエルフである両親はできる限り記憶を辿っても、今とほとんど変わりがない。
18にもなる息子を持って、肉体的にも精神的にも全く老いる様子を見せていないのだ。
これも、数百年の時を生きるハーフエルフならではなのだろう。


 「えー…父様や母様もご存知だと思うのでございますが、
この戦は大きな局面を迎えましてこれから大きな戦闘が続くと思われます」

家の食卓に変わらず並べてある自分の椅子に座り、組んだ両の手を
テーブルの上に置きながらアルディは言葉を選ぶようにゆっくりと話を切り出す。
両親はというと何やら神妙な面持ちでアルディの方を見据えたまま何も言わない。

「今までは稽古ばかりを積んでいたでございますが、
次の戦闘にはわたくしも最前線で参加させて頂くつもりでございます。
でございますから、しばらく…恐らく数年のうちはこちらに帰ることもできないかと」

両親はやはり何も言わない。ただ、少し落胆したような
あるいは諦めたような表情を浮かべる。
アルディと同様に、両親にもある程度の覚悟はできていたのだろう。
しかし実際にその時を迎えると気持ちがまた違う。それはアルディも同じだった。
何とも言えない気まずい沈黙が部屋に広がる。


「……まあ、とは言いましても今日明日の間はこちらにいられるでございますし、
ゆっくりして行くでございますよ。
あ、そうでございます。久しぶりに帰ってきたでございますし、今日の夕飯は
わたくしが作るでございます!これでも野営の訓練などで
ずい分と慣れたのでございますよ?」

その雰囲気を跳ね返そうと不自然なほどに自然を装うとアルディは勢い良く席を立つ。
そして胸に渦巻く妙な危機感に追われて急ぎ足で家の外へと向かった。

「そうと決まれば早速材料を調達して参りますね!」

何か言いたげな親の方をなるべく見ないようにしてアルディは家のドアを閉め、
それに背中をもたれると大きく息をついた。


(嫌な予感的中でございますよー…)

アルディはドアから離れてゆっくり歩き出す。
自分でも分かるほどにアルディは自らが両親を置いて死地に赴くことに迷いを感じていた。
祖国を守るためと騎士として信念を持って戦う以上、そして戦場はその信念同士が
ぶつかり合う場所である以上自分が死んだとしても仕方ないと
ある意味割り切って考えられるが、後に残していく人達への心配は絶えない。
諦めている風ではあっても父と母はきっと悲しむだろう。それを思うと何とも不憫だ。


(覚悟なんて、とっくにできているつもりだったのに…)

今度は落ち込んだ調子で先ほどと同じ言葉を繰り返すアルディ。
何とも移ろいやすい自分の気持ちを何とか押しとどめようと
勢い良く自分の頬を両手で挟む。

(…でも、もう決めたことだ)

目つきを鋭くして口を固く結ぶとアルディはやや歩調を速めた。
が、家の近くで待っていたラスタバンの側に誰かがいるのが見えて思わずその足を止める。


「レン!」

「あ、アルにいちゃん!」

ラスタバンの側にいた少年、レンは声に気付いて振り返ると
一目散にこちらに向かって駆けてきた。

「お帰りなさい!」

アルディの足にしがみつきながらレンはアルディを見上げる。
その頭を撫でるとアルディは少しレンから離れてからしゃがみ込み、その顔を覗き込んだ。

「ただいまでございます。また少し大きくなったでございますか?」

ついこの間見たときはほんの赤ん坊だったような気がするでございますのに、と
アルディはからかうように言葉を付け足した。
まだ子供だと言うこともあるのだろう。レンだけはこの変わり映えのない町で
見る度にいつもどこかしらが変わっている。
その成長を兄弟のいないアルディは実の弟のことのように嬉しく思って見つめていた。


 「アルにいちゃん、いつまでいられるの?竜に乗せてよ!」

手を繋いで歩きながらレンは遠くに見えるラスタバンを指差した。

「今日と明日はこちらにいるつもりでございますよ。
ラスタバンには…今日はもう遅いでございますから、明日乗せて差し上げるでございます」

「ホントに?約束だよ?!」

「約束するでございます」

暮れかかってきた日が辺りをだんだんと薄暗くしてきている。
その日の光を背中に受けてアルディはレンににっこりと笑み返した。
アルディの答えに満足したのかレンは嬉しそうに繋いだ手を強く握る。
そして、少し躊躇するように黙ってから再び口を開いた。

「アルにいちゃん、また戦争に行くの?」

唐突な質問に少し戸惑いつつもアルディは一度だけ、しかし力強くうなずいた。

「…ええ。それに、今度はしばらく帰ってこられそうにないでございます」

やっぱり、という感じにうなだれるレンに何と声をかけたものかと
アルディが思案していると、それより早く逆にレンの方から声がかけられた。

「アルにいちゃんは、どうして戦争に行くの?危ない所なのに…
ボクは行って欲しくない…」

きっと父も母もそう言いたかったことだろう。
しかしそれを飲み込んで、じっと黙っているしかなかったのだ。
父にも母にも、そしてレンにも申し訳ない気持ちが溢れてきて、
アルディは思わず苦笑した。


 「わたくし自身が、行きたいのでございますよ」

長身なアルディはしゃがんでちょうどレンと視線が合うくらいだ。
いたたまれず視線を逸らしてしまいたくなるほどにじっと投げかけられる視線を
真っ向から受けて、アルディは言葉の先を続ける。

「戦場では、たくさんの方がレンや、わたくしや、みんなのために戦っているでございます。
そして人も悪魔も、たくさんの方が死んでいくのでございます」

アルディは記憶を辿りながら言葉を紡いでいく。
どうして騎士になろうと思ったのか、民のために戦う飛竜王を見て自分が何を思ったのか。
様々なことが胸に呼び起こされる。

「ここで静かに暮らしていくことも、もちろんできるでございますよ。
しかしそうした静かな暮らしは、たくさんの人のそして何より敵の命の上に
成り立っているものなのでございます」

騎士になろうと決めた日に空を見上げて思ったことがその時の気持ちのまま
心の底から湧き上がってくる。
あの時も自分はこう思ったのだと。

「…自分のために敵の命が消えるのならば、せめてこの命をかけて、
この手で絶ちたいのでございます。
…それがわたくしに尽くせるせめてもの礼儀でございます」

夕陽の朱い光を受けてアルディの白い服も赤く染まる。
風を受けて苦笑するアルディを見つめ返し、レンは小さく首をかしげた。

「…よく分かんない」

無理もない、と思わず吹き出すとアルディはレンの頭を撫でて言葉を続けた。

「それに、全てが終わったらまたこの町に帰ってきたいと思うでございますから…
またレンと一緒に遊びたいと思うでございますから、
大切な人を守るためにわたくしは戦うのでございます」


「……アルにいちゃん、また帰ってくる?」

物悲しげに顔をしかめたまま、それでもアルディから視線を外さずにレンは尋ねる。

「帰って参りますとも。絶対に」

「…そうしたらまた遊んでくれる?」

「ええ、もちろんでございますよ」

「…約束だよ?」

「約束するでございます」

その場に両膝をついて泣き出しそうな顔をしているレンを抱き寄せると
アルディはその背中を軽く叩く。
それからレンの両肩を掴んで彼の顔を覗き込むと満面の笑みを浮かべた。

「次に帰ってきた時は、一番にレンに会いに行くでございますよ」

その笑顔につられるようにして、レンも破顔すると大きく首を縦に振った。



 この時の二人は当然知る由もないが、この約束は数年後
ハイフレイムが危機にさらされた時に何とも偶然に果たされることになる。











 お疲れ様でした。アルディはそんなわけで戦うことしかできませんというプラテ
をお送りいたしました(長)
まず最初に、PCさんを使わせて頂きたいというお願いを快く受けて下さいました
ラゼンシアさんパッセさまの空前さまありがとうございました!
そして勝手にNPCであるレンくんを使ってしまいました。藤森テラーごめんなさい(何)
レンくんの性格はきっとこんなではないはずです。
と、レンくんのこと含め色々とウソが満載なプラテであります。

 しかし何とも中途半端な話になってしまいました。
いつものことながらもっと山とか谷とか…!(谷?)
起承転結のあるお話しを書くのは難しいということを改めて痛感いたしました。
アルディの戦争に対する考え方とかを書きたかったのですが…。
しかしこのとんでもない三段論法(三段論法にすらなってないだろ)は
この戦争が侵略戦争で、アルディ達が侵略された側だから言えることだと思います。
そうでなければただの綺麗事です(今でも十分綺麗事だろ/苦笑)

 ここまで読んで下さった方、ありがとうございました。





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